日米協会からのお知らせ

読売新聞「言葉のアルバム」6月13日夕刊

読売新聞で毎週金曜掲載の「言葉のアルバム」に、当会会長藤崎一郎のことばが紹介されました。なお、読売プレミアムでもご覧になれます。

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「固い絆生む3つの原則」

国際社会での活躍を目指す若者に向かって、必ずアドバイスすることが3つある。
①あいさつやスピーチは短く1文1行以内にする。
②腹を割った関係をつくりたい相手とは1対1の2人だけで行う。
③赴任先では3か月以内に人脈の基礎をつくる

若い外交官向けの研修会などで紹介している{国際人の1,2,3}というキーワードだ。43年間の外交官生活をもとに編み出した造語は「海外でのビジネスにも通じる経験則」だと感じている。

2008年から4年半、駐米大使を務めた。大使の仕事は米政府との付き合いだけではない。様々な会合で日本を代表してあいさつするのも重要な役割だ。

海外で長い文章を読み上げるだけのあいさつは嫌われる。社交辞令は省き、本題を短く簡潔に。ジョークで「すべる」のを恐れてはならない。これが良いスピーチの秘訣と心がけたという。

人脈づくりは、相手と1対1になることが信頼関係を育むコツだ。スイスのジュネーブ駐在で貿易交渉の代表を務めた時には、相手国の代表を公使公邸に招き、2人だけで食事や庭の散歩を重ねながら信頼関係を深めた。

赴任直後、あいさつ回りに全力を注ぐのは、3か月以上たてば、「この人は自分を後回しにした」という印象を相手に与えてしまうからだ。

長い外交官人生だったが、ジョークを口に出せなかった時期がある。11年3月の東日本大震災直後、米政府との折衝にあたっていた時期だ。

「フクシマで何が起きているのか」。米政府内も、東京電力福島第一原子力発電所の状況を把握できずに緊迫していた。大使館員も寝食を忘れ、情報収集にあたった。非常事態が続く中での米政府との調整は、外交官人生で「最大の挑戦だった」と振り返る。

心強かったのは、米国の市民による無数の善意だった。手作りのブレスレットを一つ1ドルで売り、寄付金を集めた子供たちがいた。千羽鶴は保管場所に困るほど届いた。震災から1か月の4月11日、ワシントンの大聖堂に人々が集い、祈りをささげた。反礼のスピーチでこう語った。

「この苦境に一緒に立ち向かってくださることに感謝します。全ての日本人は長く記憶にとどめるでしょう。私たちは決して忘れません」

短く、簡潔な言葉に、日本人の思いを込めた。危機に直面して感じた固い絆。民間の立場で日米交流の拡大に携わる今も、心に刻んでいる。

 

(政治部 中島健太郎)